つーどろ

ふわふわと鼻孔をくすぐる、可愛らしい花のような香りで意識が覚醒する。するとあまりにも近くから少女がこちらを覗き込んでいたので思わず体を起こせば、
「ひゃあ!!」
額と額が衝突した。ゴンッ、と鈍い音が響いた後に鈍痛がじわじわと頭に襲いくる。頭をぶつけるなんて少年期以来なのではないだろうか。少女を見やるとうぅ、と呻きながら両手で額を押さえ数秒蹲っていたが、ふらふらと立ち上がってこちらを涙目で見下ろしてくるーー気の強そうな切れ長の、宝石のような深い光沢のある金と青のオッドアイが涙で数倍輝いて見えた。
「頭をぶつけ合うのが、君なりのおはようなのかな。とっても痛かったのだけど」
額をちいさな指でつんとつつかれる。鈴を転がしたような音色の遠回しな嫌味に返す言葉もない。
視界を見渡す。辺りは一面、どこまでも花畑だった。こんな場所に来た覚えはないーーいや、待て。私は。
「でもまあ、許してあげるよ。きっとびっくりしただけなんだよね、あなた」
長く跳ねた白髪を揺らしまた接近してきたその少女に思考はかき消された。またじっとこちらを覗き込んでくるが、そのオッドアイはどこか不安にさせてくる。
貴族の娘だろうか、まだ幼く年の端は十三、十四といったところか。服にも頭にも豪奢なフリルや花の装飾が施されているものの、それ全てが少女の愛らしさを引き立たせるものでしかなく思えるほどだ。花畑は彼女のためだけに存在しているのでは、と錯覚するような美しさがあった。
「あなた、無口なんだね。お喋りしようよ、ダリアちゃんが起きる前に。わたし、あなたのこと気になるの」
「……、」
「そうそう! わたし、ハイドランジアっていうの。ハイドって呼んで。あなたは?」
ハイドランジアと名乗ったその少女はにっこりと微笑んで隣に座ると、花の香りが一層濃くなった。随分と妙な名前だと思ったが、どこか素直に受け入れられる事ができたのはあまりにも見目に合った名前だったからだと思う。
「……ウィンス、だ」
「そう、金髪のあなたに似合う綺麗な名前だね。あなた、軍人なのよね? あぁ、そんなに若くて綺麗なのに、もったいない。きっと沢山女の人に言い寄られたんでしょう?」
「……いや、そんなことは」
「ねえ、軍人って何をするの? 軍人のひとを相手にするのは初めてだから、いっぱい聞きたいことがあるんだ。やっぱり戦うのに慣れてるのかな?」
身を乗り出して目をきらきらと輝かせるハイドに若干後退る。それは貴族からすれば軍人は珍しいものだろうが、ここまで興味を示すものだろうか。
変な娘もいたものだ。しかしあまり話をするのは得意ではない私にとっては非常に苦しいものがある。
「ねえ、ウィンスーーー」
ざあ、と強い風が吹き抜け、花弁が宙を舞う。その瞬間、なにか別の香りが漂ってきてーーーそれは非常に慣れたもので。体が足から頭を駆け抜けるように冷えていく。
「あちゃあ。早かったなぁ」
困ったように溜め息をつくハイドが立ち上がり、切なげにこちらを見る。全く事態は読み込めないが、なんだろうか、寒気ーー悪寒が。
「ハイド! ハイドー!」
甲高い無邪気な声が遠くから聞こえて、跳ねるように走ってくるひとりの少女が近付いてくるほどにその匂いが濃くなっていく。
間違いない、血の匂いが。
「おはよう、ダリアちゃん。今日はとっても早起きなんだね?」
「えへへ、ハイドが新しい遊び相手連れてくるって言ってたから、いてもたってもいられなくって……その子が、そうなの?」
ハイドと同じようにこちらを覗き込んでくるダリアと呼ばれた少女。こちらも貴族のような装いで、天に向かって伸びる愛らしい兎の耳が動く度に揺れる。ハイドよりもまだ幼いその風貌を、長く柔らかな癖毛がよりそれを引き立させ、本物の兎のような愛らしさこそあったもののーーー何より、纏うその雰囲気がこの空間には似ても似つかないほど、異常だった。
ひた、と小さな両手が頬を覆い、顔を近付けてくる。ぞっとするほど冷たく、震えだす体を抑えることはできない。
「あれれ、震えてるの? 大丈夫、ダリアはこわくないよ! あなた、これからダリアと一緒に遊ぶんだよ!」
しかしにっこりと微笑むダリアのオッドアイの三白眼はあまりに純粋で、その赤と水色は年相応の虚飾のない輝きを持っておりーーー逆にそれが恐ろしい。
「ウィンスっていうの。大切にしてあげてね。すぐに壊しちゃお仕置きだよ?」
「そう! あなた、ウィンスっていうんだね! じゃあ、男の子なのかな? 」
〜タイムリミットでした〜
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